多様な視座から vol 2
uhh09396
5 日前
読了時間: 2分
「伝わる指導」と「届かない言葉」のあいだで……
ある指導者が、こんなことを言った。
「怒鳴ったつもりはないんです。ただ、強く伝えようと思って、声が大きくなっただけで……」
その言葉に、ふと小学生の頃の担任を思い出した。
怒鳴ることは一度もなかったが、注意されると胸に響いた。
柔らかな口調の奥に、真剣な思いが宿っていた。
子どもながらに、「この人は本気で心配してくれている」と感じたものだ。
言葉は不思議だ。
同じ言葉でも、温度が違えば届き方がまるで変わる。
スポーツの現場では、長く「厳しさ」が美徳とされた。
けれど、時代は移ろう。子どもたちも、選手たちも、以前より敏感だ。
言葉の裏にある感情や背景を察する力が、確かに育っている。
「指導の一環だった」「悪意はなかった」
そう言い訳しても、相手には暴言と映ることがある。
そんな相談が、私たちのもとにも届くようになった。
では、これからの時代に必要な指導とは何か。
「なぜミスをしたのか」を一緒に考え、「どうすればよくなるか」を問う。
そして、「できたこと」に目を向けて言葉で認める。
そうした丁寧な対話の積み重ねが、信頼という名の土台になるのではないか。
スポーツにおけるインテグリティとは、公正さや誠実さにとどまらない。
「関係性の健全さ」もまた、大切な一要素だろう。
指導者と選手が、互いに尊重し合える関係。
その礎になるのは、「正しさ」よりも「伝え方」かもしれない。
完璧な指導者である必要はない。
だが、日々の言葉が、選手の未来を形づくるということだけは、忘れたくない。
願わくは、この一文が、誰かの心にそっと届く『気づき』となりますように。





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